空へ還る憧れ
"Reborn"

Alice Arisugawa fan-fiction.
written by Kai shiinoya 00'Jan-01'Dec.

 ───失敗だ。
 
 やはり、間違っているのだ。
 私は手に持っていた紙をぐしゃりと握りつぶした。
 ───おかしい。昔、私は間違いなくそれを知っていたはずなのに。何故、私は今それを思い出すことが出来ないのだ。
 手は動く。頭も、そうだと教えている。
 だが、違う。失敗する。
 失敗するのであれば、間違っている。
 何か足りないのか。 
 ───何かとはなんだ。
 堂々巡りだ。
 体の奥になにかが引っかかっているような、焦燥感。私の手の中に、すり切れた「空への憧れ」。床に散らばる、その残骸。
 奇妙ないらだちが、私を翻弄する。
 ───どうだった? 昔の私は? どうしていた?
 また巡りはじめる私の思考を遮るように、背後から声がした。
「───何やってるんだ?」
 私は、救世主、とばかりに声の主に飛びついた。
「火村」
 友人は驚いたように僅かに身を引いた。
「なんだ」
「紙飛行機を折ってみてくれ」
 救世主は目をすがめて、白っぽい目で私を見た。
 
  * * *
 
「何度やっても上手く飛んでくれんのや。放った途端に宙返りして頭からつっこんで大破したのはまだいい。1mも飛ばんで墜落するっちゅーのはどういうことや」
 ヒステリー気味に叫ぶ私に、
「どういうことだと俺に聞かれてもな。航空力学は専門外だ」
 火村は頭からすっぽりかぶったバスタオルで髪を拭きながらのんびり答えた。
 彼は風呂上がりだった。
 今日は雪は降らずともかなりの冷え込みを記録し、年の瀬の挨拶回りで大阪に来ていた火村は、宿代わりの私の家に来た途端に風呂場に直行したのだ。
「───で、なんで紙飛行機なんだ」
 火村のその問いに、私は答える。
「意味はない」
「殴るぞ」
「単なる暇つぶしや。意味などあるか」
 あるとすれば、火村が風呂にどっぷり浸かってる間に見ていたテレビのせいだろう。
 ペーパーグライダーの競技会の模様が映し出されていたのだ。
 ペーパーグライダーは確かに紙飛行機であるが、紙飛行機と言って思い出される折り紙の紙飛行機とは少し趣が違う。ペーパーグライダーはパーツは確かに全て紙だが、個々のパーツを組み合わせて作る。折り紙の紙飛行機は言わずもがな、一枚の紙が全てだ。
 いずれにせよ、空への憧れを最も端的に顕著に現した姿だ。長く長く空にありたい、という思いのままに、それらは発展する。その競技会も老若関わらず沢山の出場者で溢れかえっていた。
 ふと昔を思い出して、私はかたわらにあったレポート用紙を手に取った。それを使って紙飛行機を折るために。
 記憶が少しあやしかったが、折り始めてみれば手が覚えていた。
 しかし。
 形はそれなりのものが出来たのだが、これが飛ばない。
 ものの見事に飛ばない。飛んでいる、というより落ちているという表現のほうがぴったりなくらいだった。
 そしてそれが、冒頭の苦悩につながる。
「このままではすっきりせん。まるで絵描き歌通りに描いたのに、ドラえもんにならんかった時のようや」
「何となく分かるような分からないような…」
 火村はちょっと息をついて、
「まぁ、一応同意しといてやるか」
 私の失敗作の一つをひょいと取りあげて解体して紙を元に戻し、しばらくそれを眺めたあと、くわえ煙草を上下に揺らしながら飛行機を折り上げた。
 その形は、とくに私のものと変わったところは見えない。
 火村はひょいと軽く手をふって、廊下に向かってそれを放り投げた。
 火村の飛ばした飛行機は空を切り、見ているほうが気持ちいいほどまっすぐに廊下を飛んでいき、玄関前で華麗な着陸を見せた。
「───ほら、ドラえもん」
 火村はそれを指さし、得意げ───としか言いようがないだろう───に言った。
 折ってくれ、と頼んだのは私だが、人が長々悩んでいたことをあっさりと簡単に見せつけられ、
「くっそ、腹立つな、お前」
 唸るように言って私は立ち上がった。
 火村はソファにもたれ掛かって頭を拭きながら笑っている。
「見たところ俺と変わった折り方してるようには見えんのになぁ。なんでや」
 私は火村の飛ばした紙飛行機を拾い上げて観察する。
「くだらない事に張り合うなよ」
「ヒトって奴はな、くだらないことに命かけるような生き物なんや」
 私は火村の折った紙飛行機の解体をし、何が違うのか吟味するように眺める。
 そうしてもう一度、折った跡にそって組み立て、同じように飛ばしてみたのだが───まるでお約束のように、紙飛行機は1m先の床に頭からつっこんだ。
 火村がうなだれている。
 表情は頭からかぶったタオルで見えなかったが、その肩が揺れているのが見えたので、
「…火村、笑うときは声を出して笑え」
「お前は、俺を笑い殺す気か」
 やかましいわ。
 
「こういうのは案外指が覚えてるモンなんだな。半信半疑で折りはじめてたが、途中でぴんときた」
 火村は今度は鶴を折っていた。
 あっけなく紙飛行機を飛ばして見せた火村を僻んで、私が「今度は鶴だ」と言ったからだが。
「ぴんとも来ん俺はなんや」
「ただ単に、飛ばない紙飛行機の折り方を覚えてただけだろ」
 あまりなぐさめにもなってない気がする。
「完成」
 火村は多少不格好───あれは本当に気を使わないと誰が折っても変に歪むものだ───ながら鶴を完成させた。
 私はいまだに飛ばない飛行機を折っている。
「…あかん」
「お前もいい加減に懲りない奴だな」
 ぽんと私に鶴を放り投げて、唐突に火村が言った。
「じゃんけん」
 言われて、思わず手が出た。
 ぽん。
 火村はチョキの手をあげて言った。
「───ということで、コーヒー」
 私はパーの手を下ろしながらしぶしぶ立ち上がった。
 いつ何処の誰が決めたわけでもないのだが、言い返すのも面倒だったし、言われれば私もカフェイン摂取に走りたくなったからだ。
 どうせインスタントだ。大した手間ではない。
 私もいい加減に心が広いというか。
 自画自賛しつつコーヒーを入れてリビングに戻ると、火村は私がついさっきまでいじっていた紙飛行機を手にとって眺めていた。
「何が違うと思う?」
「変わったところは見えねぇな」
 火村はひょいとそれを放り投げる。
 緩やかにカーブして壁にぶつかったものの、それでも私が飛ばした時よりは断然綺麗に飛んだ。
 ははぁ、と火村は納得したようにうなずいた。
「───わかった」
「なんや、いまなんかしたんか? どこが違う?」
「お前に、紙飛行機を飛ばすセンスがねぇんだ」
 コーヒーを頭からぶっかけてやろうかと思った。
「飛ばなかったからって変に力が入っただけじゃないのか? ハンドクランチ競技じゃあるまいし、こういうものは筋肉使って投げるもんじゃねぇだろ。まして、誰かと競うためだけに折ってるわけじゃない」
 そう言って、火村は私の失敗作その2を取り上げて、またさっきとは別の形に折りあげ、ひょいっと放った。
 静かに紙飛行機は飛んでいく。
「───な?」
 そう言われても、悔しいものは悔しい。
 我ながら子供のようだと思いながらも、どうやったら火村よりも飛ぶ飛行機が作れるかと考える頭を止めることができない。
「何が違うんかなー…」
 頭をかいて、火村が折ったらしい数種類の形の違う紙飛行機を眺める。
「…俺も知らん形があるな。こういうのは地方色もあるもんなのか?」
 北海道生まれあちこち育ちの火村にだからこそ問えた質問だったのだが、
「さてね。転校してわざわざ紙飛行機折って確かめた記憶なんかねぇし」
 それもそうだ。
「俺が紙飛行機、と言って折るのはこれだけどな。どこの地方の何という形だ、なんて言えないぜ」
 そう言って火村は一つの紙飛行機を折った。
 それは一番最初に折った形だった。…記憶と観察に間違いがなければ。
「親父に教えられたか、それとも学校でか、友人からか、本からか。もう覚えちゃいない。だがこういうものは、残るモンなんだな。おかしなもんだ、子供の頃の記憶って奴は」
「ああ…そうやな」
 長く長く空にあることを夢見て、憧れて、さまざまな形を生み出した、紙飛行機。
 他の誰よりも遠くに飛ばしたい、そんな競争心があったっていい。自分を動かす原動力を、そこに置いたって構わないだろう。探求心も、小さな挫折も、そうやって知った。
 それがあったから、いまこうして懐かしく思い出す。
 そんな記憶は残ってもいい。残るべきだ。
 どんな記憶も、自分を作り上げる、驚くほどたくさんの情報と思い出。
 そういうものが。
「お前にも、残ってるんやな」
 そう言うと、火村は眉をひそめた。
「俺だって人並みに子供の頃を過ごしている」
「なんかお前、一足飛びに大人になってそうでな」
「人を化けもんかなにかみたいにいうな」
「いや、ほっとしとるんや」
 感傷だと、笑われるだろうか。
 だが、懐古がすべて感傷だとは思えない。
 懐古する、その中でしか息づくことが出来ない何かがあると思う。
 例えば紙飛行機のように。
 それによって思い出す何かが、私達を形作る。それを伝える。
「こういうのは、残すべきや」
 火村は小さく笑った。
「それを残したいなら、ちゃんと飛ぶ紙飛行機の飛ばし方を覚えておこうぜ。お前が遠い未来に子供を持ったとき、飛ばない紙飛行機なんか教えて、恥かかせたくないだろ?
人は学習し成長する生き物だ。今からでも遅くはない」
 つくづく言葉の悪い奴だ。
「ぬかしてろよ、ご同輩」
 火村は素知らぬ顔でコーヒーを飲みながら言った。
「紙飛行機にノスタルジィ感じてるのはいいが、俺は腹減ったぞ、いい加減」
 時間はまだ3時半を少しまわったぐらいだ。
「夕食というにはまだ早過ぎるで」
「世の中には「おやつの時間」というありがたい造語がある」
「お前はガキか」
 火村は笑った。
「じゃあ、ガキはガキらしく」
 火村は紙飛行機を手に取った。
「遠くまで飛ばしたほうが勝ち。負けたほうがおごり。───OK?」
 鮮やかに競争心を突いてくる火村に、私は肩をすくめた。
 呆れながらも、紙飛行機を手に取る。
 ───ああ。今度は飛ぶような気がするな。
 なんの根拠もない、子供のような自信。
 笑ってしまう。
 私が折る、昔と変わらないその形は、子供の頃の私と今の私をつないでくれている。
 新しい年が来ようとしているこのときだ、子供に還るのも、悪くない。
 そしてまた、生まれ変わる。 
「承知」
 明日が来るなら───何度でも。
 
 まっすぐに飛んでいく紙飛行機を思い浮かべて、私は紙飛行機を放った。


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