恋  文 "Love Letter"

Alice Arisugawa fan-fiction.
written by Kai shiinoya 00' Jan-Feb.
 二月の寒い日だった。
 近くのコンビニに行った帰り、いつものように郵便受けをのぞくと、払込通知書やら請求書やら胡散臭いダイレクトメールに混じって一通のはがきが入っていた。
 手紙のやりとり、というのは、編集部気付けのいわゆるファンレターは別として、直接にはそれほどない。
 いい加減年賀状という時期でもないので、これまた何かのダイレクトメールかと思ったが、違った。
 北白川の時絵婆ちゃんからだった。
「へぇ?」
 学生時代からつきあいのある火村の下宿の大家で、もう何度もそこへは足を運んでいるからすっかり顔なじみではあるが、こうやって手紙やはがきをもらうということは───まぁ、全然ないことはないが───そうそうはない。
 他のダイレクトメールは差出人の名前すらろくに見ずにコンビニの袋の中につっこんで、私はエレベータの7階のボタンを押しながらそのはがきを裏返した。
 手漉きの和紙らしいはがきには、細い枝に咲く桜の花が描かれていた。
 淡い桃色の桜。微妙に表面に凹凸がある和紙特有の滲み、文字のかすれが実に味がある。
 婆ちゃんらしい優しい色だ。どうみても手描きのそれは、もしかして婆ちゃんが描いたのだろうか? 上手いものだ。
 その絵の上に、婆ちゃんの綺麗な字が添えられている。
 
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立春大吉
 
暦の上ではいよいよ春を迎えました  お元気でお過ごしでしょうか  
季節の変わり目ですので どうかお体にお気をつけて
京都へお立ち寄りの折には また 遊びにいらしてください
三匹の猫と共にお待ちしています     

 篠宮 時絵   

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 桜の一枝の下に、巴を描くようにちゃんと三匹の猫が丸まっている。
「…さすが婆ちゃん」
 つぶやいた私の顔には、笑みが浮かんでいたことだろう。
 立春大吉の便りなんて、そうそう見る物じゃない。それを知ってるひとだって希だろう。
 立春の日に届くように出すはがきは縁起がよいとされているものだが、それでなくたって、こんな季節の便りは嬉しいものだ。
 日付どころか曜日すらすぐには思い出せないような生活をしている───実際、これを見るまで忘れてた───私には、なかなか心に染みる。手作りならではのいびつな和紙のはがき。桜の花と猫。婆ちゃんの字が達筆であることもあって、まるで一遍の詩が書かれた絵はがきのようだ。
 そのはがきを眺めながら部屋に戻った私は、ふと思い立って机の奥から使われずに残っていたガラスのフォトスタンドを取り出した。
 それに挟みこんで、ワープロの横に置く。
 なかなかの風情だ。
 自分の思いつきに満足して、私は締切を持つ創作活動を本腰を入れて再開するために、コーヒーを入れにキッチンに向かった。
 
     +++
 
 それから二週間ほどたったある日のこと。
 火村から電話が来た。
 独特のフィールドワークをしている彼の「助手をしないか?」のお誘いだったのだが、締切に追われている私は理由を告げて丁重に断った。火村は別に気にした風もなく、
「まぁ、珍しい事件でもないしな」
 と言った。
 …かえって興味をひくような事は言わないでほしいものだ。
「今度はどこや?」
 好奇心が抑えきれずに聞いてみると、
「河川の工事現場の事務所の中でな。よくあるだろ、コンテナみたいな形の奴。あれの中で死体が見つかったんだ。直接の原因は頭部強打によるものなんだが、これが変な死体でな。体全体あちこちぶつけた跡があって、よく調べてみると、頭をぶつけたのが右側面のドアノブ、背中をぶつけたのが左側面の黒板の出っ張り。腕や顔についてた擦り傷は床のささくれ───という状態で」
 想像すると妙な死体だ。
「それじゃあなんや。犯人は被害者を引きずってプロレスよろしくぶんぶん壁に放ってたってゆうんか?」
「状況だけを見るとそうだが、どうかな。そこ、密室だったって話だし」
 私は叫びたくなった。
 あんまりの話だ。人が締切に追われてるときにそうも推理作家を刺激するような事件がおきなくてもいいじゃないか。
 火村が電話向こうで笑っている。
「言ったろ? 珍しい事件でもないって。これはおそらく、模倣だ。昔似たような話を読んだことがある。話を聞いただけで現場を見た訳じゃないから断定はできないけどな。俺は別に事件の解決の過程を楽しみにしてフィールドワークをしてるわけじゃない」
「分かっとるよ。あー、でもあとから話を聞かせてくれ。めちゃくちゃ気になるわ」
「頑張って仕事してな。あとから陣中見舞いに寄ってやるから。じゃあな」
「ああ、また」
 そうして私も電話を切ろうとして、ワープロの隣に置いていた婆ちゃんのはがきに目を留め、慌てて声をあげた。
「ちょお待ち、火村」
 切れたか、と思ったが、少しの間があって声が返ってきた。
「───なんだ?」
「火村、来週はひまか?」
「来週?───ちょっと待て」
 手帳でも出しているのだろう。がさがさと音がして、
「ああ、25日から東京出る予定だが、他は別に」
「じゃあ、下宿にいるんやな。婆ちゃんもいるよな」
「そりゃあな。───何の話だ?」
「いや、この間婆ちゃんから実に風流な恋文をもらってな」
「…はぁ?」
 そりゃもちろん嘘だが。
 私は笑って、
「あとから説明してやる。頑張ってフィールドワークしてこい」
 釈然としない様子の火村を無視して、私は電話を切った。
 私が火村の言う事件を気にしているように、彼も私に会うまでそれは謎のままなのだ。
 せいぜい気にしてろ。
 
 
「へぇ…何か描いてたのは知ってたけど、まさか、お前に出してたとはな」
 早い時間にフィールドワークを終えて私の家にやってきた火村は、私のワープロの隣に置いてあった時絵婆ちゃんのはがきを見ながら言った。 
 なんだか羨ましそうに聞こえたので、
「羨ましいか」
 からかうつもりで言ったら、
「ああ、羨ましい」
 あっさり返してきたので、私は吹き出してしまった。
「描いてるときは、「下手だから」「恥ずかしいから」って見せてくれなかったんだ。こんなのを描いてたんだな。帰ったら言ってやろう」
 なるほど、ずいぶんと貴重なものを私はもらったのだな。
「立春の便りなんて、風流なことする人なんてそうそういないからな。もらったときは驚いたが、めちゃくちゃ嬉しかったわ。さすが婆ちゃんやな。かっこええわ」
「かっこいい、か?」
 火村は「もうちょっとましな感想を言えよ」と笑った。
 婆ちゃんのはがきを見るためにかがめていた体を起こして、火村はいつものように煙草をくわえた。
「まぁ、二月の行事と言うと、世の中せいぜいバレンタインぐらいしか思い浮かばないだろうしな。そういう意味じゃ、さすが、と言えるか」
「節分やゆうて豆まきする年でもないしな」
 バレンタインといえば、数日前の話だ。ふと興味にかられて、聞いてみる。
「そういや、英都大一人気者の火村先生。今年のバレンタインの収穫はどうやった?」
 火村はふんと笑い、煙草に火をつけながら言った。
「朝、校門に待ち伏せ、から始まってかわるがわる。もらい通しだったぜ。見かねた用務員のじいさんから、トラック手配しようかと聞かれるほどにな」
 どう贔屓目に見ても誇張だろうが、火村のことだから袋一つ抱えるくらいはもらったに違いない。
 火村は唇から煙草を離し、煙草の先で私を指した。
「有栖川センセイはどうだったんだ?」
 私はテーブルの上の灰皿を火村のほうに寄せながら答えた。
「来た、という話は聞いてる。まだ現物は見てないけどな。片桐さんが今度持ってきてくれる話にはなってる」
「お前の「アリス」と「江神」にか?」
「それもある。今年はなんか、俺宛が妙に多かったゆう話やけどな」
「遅筆作家への無言の圧力、か?」
「…純粋なファン心理だと思いたいなぁ」
 火村はフィルタを噛んでにやりと笑った。
「思うのは自由だな」
「ほっといてくれ」 
「そんなことよりな。あれにも書いてあったが」
 後ろの婆ちゃんのはがきを指さしながら言う。
「会いたがってるのはほんとだぜ。この間旅行に行ってて、土産を手渡したいって言ってたからな」
「近く、会いに行くつもりやったよ。その前に、手紙出そうと思うてたところや」
「手紙?」
「恋文のお返しにな」
 私は婆ちゃんのはがきを指さす。
「それに感化されたかな。俺も書いてみようかなと思うてたんや」
 実を言うとすでに一筆箋などを購入していて、書こうとはしていたのだ。締切に追われた現在の気分転換の意味も持って。
 火村はへぇ、と小さく感嘆の声を上げた。
「お前に絵心なんてあったのか?」
 火村から言われるまでもなく、久しく手紙もなにもワープロで済ませてきたから、自分の字にはちょっと自信がないし、婆ちゃんのように絵なんか描けそうもないが、こういうのは、気持ちだ。
 だが、いざ便箋に向かってみると不思議なほど言葉が浮かんでこない。久しく手書き、などとやってなかったからだろう。何を書いたらいいのか分からなくなった。
 書き出しの言葉一つに悩んでしまう。
 自分の手を使って、何かを書く。ただそれだけなのに。
「別にワープロ打ちの手紙を否定するつもりはないが、やっぱり手書きっていうのは別もんなんやな。なんというか、味があると思わんか?」
「そりゃあな。字はその人そのものをあらわしているんだから。絵なんか特にだ。個性も何もかも透けて見えるから、自分にもっとも近しい位置で相手を感じることが出きるだろ」
 私は同意の意味を込めてうなずく。
「今度遊びに、っていう話やったから、その事を書いてやろうかと思ってお前に空いてる日を聞いたんや。寒中見舞いにゃちょっと遅いけど、おあつらえ向きにぴったりの日があって───」
 私はくすりと笑う。
「ああ、お前にもぴったりかな」
「俺の誕生日には早いぜ」
「野郎に手紙で誕生日を祝ってもらって嬉しいなら言え。作家魂かけて名文送ってやる。───そうやなくてな。2月22日や」
 火村は目をすがめた。
「…なんかあるか?」
「あるで。「猫の日」だ」
 そう言うと、火村は胡散臭そうに私を見た。
「その由来を述べよ」
「にゃんにゃんにゃんで、語呂合わせ」
 火村は心底呆れたようにため息をついた。
「それのどこに風流とか情緒とかがあるんだよ」
「ここで必要なんは手紙を書くきっかけや。日本人はとかくシャイだから、こういうきっかけがないとなかなか腰をあげることができんのや。バレンタインの女の子の心理同様にな」
「誰がシャイだって?」
「俺が」
「言ってろ。本当にラブレターを書いてるわけじゃあるまいし」
 私は苦笑する。
「お前も言ったやろ、字や絵は個性が透けて見えるって。だからやな。気分はそれに近いんや」
 恋文、と聞いて思い出す情景が一つある。
 それは私にとってはあまりおもしろくない、できれば永遠に引き出しの中にしまっておきたい記憶だ。すでに十数年も前の話になるのに、思い出せば、いまだに辛い思いがよみがえる。
 それでも覚えてる。自分の気持ちを伝えるために生まれて初めて書いた、あの一通の手紙、あの時の気持ち。
 そうだ。手紙というのは、相手を思う気持ちが大きいのだ。いつ、どのような場合にあっても。
「ほー。じゃあお前もちゃんと猫の絵を描いてくれるんだな? 猫の日なんて選んでるんだから、そうなんだろ? 婆ちゃんも「下手でもやっぱり自分の手で描かれた絵は暖かみがある」と言ってたしなぁ」
 妙なプレッシャーを与えないで欲しいものだ。
「…努力はする」
 そう言うと、火村はにやりと笑った。
「あとで婆ちゃんに見せてもらおう。有栖川有栖、一世一代入魂の絵手紙」
 大袈裟だ。
 意地の悪い笑みを浮かべている火村に、私はため息をついた。 
 
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篠宮  時絵  様

寒中見舞い申し上げます。
先日は季節の便りを有り難うございました。   
一足早い桜の花を見て 暖かな春の空気を懐かしく思いました。 
今度 そちらによらせてもらいます。
二月二十二日は猫の日だということなので、三匹の猫達にお土産を持って。
まだまだ寒い日が続いています 。 
お体に気をつけてお過ごしください。

有栖川 有栖  

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 火村に言われたからではないが、薄墨の筆ペンで猫の絵を描き、添えてやった。
 笑われるのは覚悟の上だが、分かって欲しい。
 貴方に手紙を書く。
 この手紙にかけた時間は全て、貴方のためだけにあった。
 貴方の優しさがあの絵にあったのと同様に、この小さな恋文で、少しでも、私の気持ちが届くといい。



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