サンタクロースはそこにいる
"Where is Santa Claus?"

Alice Arisugawa fan-fiction.
written by Kai Shiinoya. 99' Dec.
 11月も半ばを過ぎれば、気の早い街はせっつかれるように彩りが鮮やかになる。
 緑、赤、白、金、銀。
 いわゆるクリスマスカラーだ。
 今年も駅前に飾られたクリスマスツリーは、デザインこそシンプルだが強烈だ。人工物なのは見え見えの青々とした樅の木に、いくつもの真っ赤なリボンが飾られている。きらきらと光るのは銀の球。装飾はそれだけだが、変にごちゃごちゃとサンタやら雪代わりの綿やら訳分からない飾りものをされるよりも美しく鮮やかだ。
 駅前商店街の店先には、そのクリスマスツリーのミニチュア版が置かれ、通りの両端を飾っている。こちらは少しだけ派手に、電飾がついている。
「1個、もらっていきたいくらいやな」
 と思わず呟くと、一緒に歩いていた私の友人は、
「しばらく会わないうちに、いつ少女趣味に目覚めたんだ?」
 などと言って私から気味悪そうに数歩離れていった。
 お前は態度が露骨だ。
 私はそんな友人を半眼でにらんでやった。
「冗談や。…とも言えんなぁ。俺もクリスマスの雰囲気に飲まれとるらしい」
 私が嘆息しつつそう言うと、
「情緒を感じる力がまだ残ってるということで、許してやる」
 いいように言われてるが、変態のレッテルを貼られなかっただけましか。
 火村がポケットから煙草を取り出そうとしたので、
「もうすぐ店やから、やめとけ。せっかく旨いもん食いに来たんやから、もったいないやろ」
 ヘビースモーカーである火村に、今更そんなことを言ったところでたいして変わらないかも知れないが、火村は素直に───それでも名残惜しげに───取り出しかけた煙草を箱にもどした。
「期待してる」
「任せろ」
 久しぶりに私の家に遊びに来た火村の「今日は、鍋だな」という唐突な提案により、私達は寒空の中出掛けてきた。鍋だ、などと言った火村の気持ちは分からないでもない。ここ数日随分と冷え込んで、今日も真冬並の寒さだった。そう言われれば私も気分は『鍋』になったので、私は行きつけの店の親方に鍋を用意してくれるよう頼んだ。私達が店に到着する頃には、暖かい鍋が食べ頃で座敷に鎮座していることだろう。
 しばらく歩いていくと、サンタの格好をしたカーネルサンダースに会った。街の中は熱に浮かされたようにクリスマスに染まっている。
「それにしても気の早いもんだな。まだ一ヶ月も先の話なのに、なんなんだ、この狂ったようなクリスマス・ムードは」
 火村が心底あきれかえったように言う。
「一年の最後の大イベントや。大目に見てやれ」
「はん、商魂たくましくて、結構なことだ」
 クリスマスは───言わずもがなだとは思うが───救世主にして神の子と言われたイエス・キリストの誕生日。キリスト(Chirist)のミサ(mass)の意で、降誕祭の事だ。
 徹底的な無神論者、火村のこと。キリスト教信者でも何でもないくせに馬鹿騒ぎする日本人への皮肉かと思ったが、そうでもないらしい。
「クリスマス? あれは神だ何だと論ずる事じゃねぇよ。ただの「お祭り」だ」
 『祭』ではなくて『お祭り』と言ったところが、言外に「ばかばかしい」と思ってるだろうことが感じ取れた。
 実際、クリスマスシーズンにイエスキリストがどうのという話を交わすのは希だ。だいたいにして、キリストの誕生日であるというなら「キリスト、誕生日おめでとう」と祝うのが本当だ。それが「クリスマス、おめでとう」だ。意味が通じているのかどうかすらわからない。
 キリスト教信者なら、厳かに祈りを捧げているのかも知れないが、そんな物はこの日本にあっては享楽的な馬鹿騒ぎの中に埋もれてしまっている。
 そんなものだ。これでは神の何を語っても嘘臭い。
「サンタクロースだってその身をもって、宣伝活動にいそしんでるしな。経済的社会貢献。世の中商売人だらけや」
 サンタクロースは、現在のトルコのミュラの司祭だった、聖ニコラウスがモデルと言われている。セント・ニコラウスが訛ってサンタクロースになった、ということだ。その昔、貧しい三姉妹を助けるためにニコラウスが姉妹の靴下の中に金貨を入れた、という話があり、ヨーロッパでは聖ニコラウスの祝日になると子供にプレゼントを贈るという習慣があった。それが日本に入ってクリスマスと一緒くたになって伝えられるようになった。
 クリスマスにはプレゼントを、というのはこのあたりから来ているらしい。
 それに、サンタクロースといってイメージするあの赤い服は、かの有名なコカ・コーラ社のカラーである。それを着る前までは、サンタクロースの服は多種多様だった。コカ・コーラの宣伝としてサンタクロースにあの服を着せたところ、それがいつの間にか定着し、サンタクロースといえばあの赤い服のおじいさんというイメージができあがった。
 サンタはコカ・コーラ社の宣伝マンなのだ。 
 ───と、そこまでテレビやラジオで子供の夢を根こそぎ奪うような諸説を説きながら、一方で、「サンタクロースなんていない」なんて言う子供を見て「現代の子供は夢が足りない」とか言っているのだからお笑いだ。
 こと日本においては、クリスマスもサンタクロースももはやキリスト教とは関係なく一人歩きしている。
 すでにクリスマスはイベントであり、サンタはそのマスコットキャラクターなのだ。
「そう悲観することはないさ。いまでもきっとどこかではクリスマスの夜に靴下ぶら下げて、煙突のすすの心配をしている子供がいるだろうよ」
 火村にしては夢のある台詞だ。
「別に俺は子供に悲観的なわけやない。サンタクロースに絶望するようなことにだけはならんといいなーと思うてるだけや」
「サンタクロースはいるかいないか、という議論は馬鹿馬鹿しいぜ、アリス。あれは『夢のかたまり』だ。古今東西「いる」という証明も「いない」という証明も誰一人として出すことが出来なかった。だから、言えることはこれだけだ。いないと言うならいない。いると言うなら、それは人の」
 ぴんときた。
「『心の中にいる』」
 火村の言葉を捕まえてハモった私を火村が片眉をあげて見返して来たので、私はからかうように笑ってやった。
「どうした、火村。お前も随分と雰囲気にのまれとんのやないか?」
「あー、やだやだ。俗世なんかにまみれたくないね」
 火村は肩をすくませた。
 それで話を終わらせても良かったが、私はもう少しだけ続けたくなった。
「サンタクロースはどこにもいない、と思ったのはいつやったか、覚えてるか?」
 私がそう聞くと、火村はうざったそうに前髪をかき上げた。
「記憶にございませんね。クリスマス商戦にのっかってしまった哀れなキャラクターだからな、あれは。プレゼントだって、夜寝てた時じゃなく、ちゃんと起きてた時にもらった。サンタなんか入る余地のない円満な家庭さ」
 どこまで真実かは知りようがないが、
「昔から夢のない奴やったのか、おまえ…」
「あんまり褒めないでくれ」
「どこが褒め言葉に聞こえるんかな」
 火村はにやりと笑った。
「それじゃあ有栖川先生は今でもサンタを信じていらっしゃる?」
 私はちょっと肩をあげた。
「そこまでロマンチストでもドリーマーでもないつもりやけどな」
 そうではないのだ。
「知っとるか? 北欧のどこかの国では、サンタクロースに手紙を出すことができて、それにはちゃんとサンタの署名が入った返事が戻ってくるんやて。経験知識理性、その他物事の分別取っ払えば、現代の奇跡やな。おとぎ話や。実際はそうでないことは、もちろん、分かる。分からないわけがない。けれど、これをばかばかしいとは笑いたくはない。───そういうことや」
 火村はふぅんと呟いた。
「それが「サンタクロースに絶望しないで欲しい」ということか? さすがに、アリス、だな」
 何が私なのだろう。
「俺の仕事にはどうあがいても夢がねぇからな。ただひたすらにしかめつらしい現実と真実に顔をつきあわせてなきゃならん。───お前は違うだろう? 虚構だろうが何だろうが、創造は無限の広がりだ。夢というならお前のほうがよっぽど夢がある。ならそこにはきっと住んでいる」
 火村はぽんと私の肩をたたいた。
「頑張れよ、手に袋ではなくペンを持つサンタクロース」
 私は笑ってしまった。
 虚構は私の仕事だ。───『夢のかたまり』だ。
 サンタクロース、お前はそこにいたのか。
 火村がふと天を仰いだ。
「お、冷えると思ったらやっぱり降ってきたな」
 天から一年の最後の贈り物が降ってくる。
 白いひげの奥でこもったような笑い声をあげる、サンタクロースの姿を見た気がした。
 
 ───メリー・クリスマス
 Merry Christmas

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