
宴 ───待ち人来たりて。───
"He comes."
Alice Arisugawa fan-fiction.
written by Kai shiinoya 99' Sep.
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電話をかけ終わった有栖川が、ゆっくりとした足取りで戻ってきた。
ひしめく音の箱の中を縫うようにして、自分の箱の中に戻ってくる。
ふらついた感じには見えないので、やはりそれほど酔ってはいないのか。
「近くまでは来てるみたいですよ」
有栖川が椅子に座りながら言った。
「───そう。場所がわからんかったとか?」
「店の名前とだいたいの場所は言ってましたから、それはないですよ。遅れた理由は…まぁ、火村から聞くことにしましょうか」
有栖川は飲みかけのグラスを手に取った。
「もうすぐ来るんやなぁ。なんや、緊張するわ」
小夜子がそう言うと、有栖川はくすりと笑った。
「さっきの威勢はどこへ行ったんですか」
「まさかあの火村センセが呼び出しに答えてくれるとは、ちりほども思わんかったからな。だからこそ言えた話や」
「そうなんですか」
「えらい我が儘きいてもろうて、恐縮してまうわ。あんた、いつもこんな唐突なことやってセンセを呼び出したりするんか」
「時と場合によります。あいつはあいつで強情ですから、来ないと言ったら絶対来ないですよ」
にやにやと笑っている有栖川に、小夜子は怪訝そうに眉をひそめる。
「なんやの」
「もうすぐ、終わっちゃいますね」
一瞬、何を言われているか分からなかった。
「今日という記念日が、ですよ」
「ああ…」
小夜子は肩を落とした。
「ええよ。この年になったら誕生日なんて憂鬱なだけやった。今日は、楽しかった。もう十分や。…いやにこだわるな、あんた」
「いえ、年上の先輩に気を使ってるだけですよ」
「いやみか?」
「秘やかな逆襲を楽しんでいるだけです」
火村と違ってこっちはとんでもない嘘で呼び出されたんですからね、と有栖川は笑った。
入り口を見て、
「ああ、来たようですよ。───火村!」
有栖川が入り口に向かって手を挙げた。
自然、小夜子の視線もそちらに向く。そうして、小夜子は息を飲んだ。
ざわ、と排他的だった「音」達がある一定の方向性を持ったような気さえした。
入り口の助教授は、有栖川に気づいて同じように手を挙げた。
どこか疲れたような表情、だらしなくゆるめたネクタイ、薄いブルーのシャツとざっくりと着こなしたジャケットはいつものことで、それらには彼を注目させる要素は一つとしてない。
あるのは、彼が右手で肩に担ぐようにして持ってきたものだ。
花束だ。
薄暗いこの店にあって、なおも鮮やかな、赤。
───赤い、薔薇。
助教授は辺りから送られてくる注目の視線を気にした風もなく、素面のしっかりした足取りでこちらに来た。
有栖川にちらりと視線を送った後、助教授は軽く頭を下げた。
「───遅れまして」
小夜子は呆然とそんな火村を見上げていた。
なんてことだろう。
無表情で無感情な声と赤い薔薇は、排他的だった箱をあっさりと破ってしまったのだ。
破られた箱の隙間から送られてくる好奇心の視線。
頭の中に浮かぶのは、いったいこんな時間帯での呼び出しのあと、どこからその花を手に入れてきたんだとか、そんな現実的な疑問。
それに遅れてわき上がる、この───歓喜。
「有栖川から聞きました。これが記念日を飾るものになるかどうかは、知りませんが」
そう言って、火村は小夜子の前に花束を置いた。
はっとして、小夜子は有栖川に視線を戻した。
有栖川は別に驚いた様子を見せていない。
知っていたのだ。彼が遅れていた理由も。
「とりあえず、間に合ってよかった」
そうして僅かに笑った。
今日の終わりを告げる音は、まだ鳴らない。
それが有栖川有栖───そして、その友人と───から贈られたこの記念日最高のプレゼントであることは、酔ってはいても小夜子にははっきりと自覚できたのだった。