「あり得るべき偶然に」 "should be...."

Alice Arisugawa fan-fiction.
written by Kai Shiinoya 99' Oct.
「おや」
「あれま」
 その二つ台詞はほぼ同時に発せられた。
 一方は、私である。抜けた声を上げてしまったのには、当然わけがある。それに対するように同じく抜けた返事をされたことにも。
「なんや、偶然やねぇ」
 手を挙げて、改めて私に向かって声をかけてくる。ちょっとハスキーがかった声は、彼女の颯爽としている姿にはぴったりだ。朝井小夜子女史。私より二つ年上の同業者だ。 
「ほんとに。朝井さんもお元気そうで」
「なんや、分かる?」
 言いながら、彼女は私の座っているテーブルに、向かい合うように座った。
「どうしたん、こんなところで一人で。待ち合わせ?」
 私のいたここは某駅近くのバーだった。まだ時間は早いが、結構人が入っている。
 私はそこの一つのテーブルを一人で占有していた。
「ええ」
「もしかして、火村センセ?」
 どうも、私と火村とはワンセットで考えられてるようだ。
「おや、火村に会いたかったんですか? 残念ながら違いますよ。なんだ、一緒に飲みたいんだったら、またセッティングしますけど」
「可愛くないこと言わんといてや。そりゃあ、いい男つまみに飲みたいとは思うけど、どーもな。そこまであのセンセを分かってるつもりはないんよ」
 にっこりと笑う。
「飲むんやったらあんたも一緒のほうがいいわ」
「嬉しいこと言ってくれますね」
 タバコを取り出そうとしたのだろう、ポケットに手をやろうとして、彼女はふとその手を止めた。
「おっと。ごめん。誰かと待ち合わせやったな」
「ああ、かまいませんよ。待ち合わせいうても、片桐さんとやし」
「なんや、仕事か。味気ないなぁ」
「仕事に色気出してもね。単なる気分転換ですよ。そういえば、朝井さんは?」
 聞かないまでも、彼女は一人に見えたのだが。
「私は一人。いやもう難産だった一本仕上げ終わってさ。やった、おわった───って飛び出してきたとこ」
「それは、お疲れさまです。───して、首尾は?」
「まぁ、仕上げをご覧じろ、ってとこやな」
 にやりと笑ったところを見ると、なかなか会心の出来に仕上がったのかも知れない。同じ本格推理を目指す者として、大いに気になるところだ。
「な、一緒にいてもええ? 飲むんやったら、一人よりはいいし」
「いいですよ。俺にしても、願ってもないことです。なにか注文します?」
「ありがと。───すいませ───ん」
 小夜子は店員に向かって手を挙げた。店員にとりあえずいつものウィスキーを頼み、改めて椅子に座り直す。
「そういやあんたも何も飲んでないやん。それ、烏龍茶やろ」
「一人でボックスで酔っぱらってろっていうんですか? 片桐さんがきたら、頼もうと思ってたんですよ」
「そりゃまぁなぁ。一人で酔っぱらってる男は、見てて情けないわな。んで、片桐さんは、もしかしてまだ?」
「遅れてるようですね。まぁ、片桐さんは俺だけの担当じゃないですから、他のセンセがつまってるのかも知れませんし。このままこなかったら、どうしよーかなーと思うてたところだったんです」
「なんや。じゃあ、私と会えてよかった?」
「ええ、とっても」
 心底そう思うというふうにうなずいてやると、小夜子はテーブルに頬杖をついて笑った。
「んふふ、あんたも嬉しいこと言ってくれるねぇ」
 運ばれてきたウィスキーグラスを掲げて、
「んじゃま、ひとつ」
 乾杯をしようとしているのは分かったが、
「なにに乾杯ですか?」
「この素敵な偶然に、でええやないの?」
 下手な口説き文句のような台詞に、私は笑って烏龍茶のグラスを合わせた。
 
「こんばんは───、すいません、遅れてしまって───って、あれ? 朝井センセ?」
 片桐がやってきた。
 何故かいる朝井小夜子女史を目にとめて驚いている。
 小夜子はグラス───すでに4杯目である───を掲げて朗らかに笑った。
「こんばんはぁ。片桐さんが遅かったおかげで、有栖川センセを独り占めさせてもろてましたよ。ありがと」
「それはそれは。ご機嫌ですね。仕事上がりですか?」
「おお、さすがにベテランの編集は作家の一挙一動に今の状況を見ぬくもんなんやねぇ。まるで探偵のようやないの」 
 ベテランと言われて照れたように片桐は頭をかいた。
「あー、っと、すみません、有栖川さん。待ちました?」
「朝井さんのおかげで、それほど。仕事終わらんかったんですか?」
「校正ミスですよ。藤木センセのとこの。名前の「和美」が「知美」になってて」
 そう言いながら片桐はテーブルの上に人差し指で字を書いた。
「あー、藤木先生、今時珍しい手書きの上にすごいくせ字やからねぇ」
 小夜子が苦笑している。
「見本出来た後だったから、大わらわですよ。───あ、ビールください」
 ちょうど通りかかった店員にオーダーをかけて、片桐はネクタイをゆるめた。
「全部が間違ってるんだったらまだよかったんですが、ぽつぽつと名前が入れ替わってるって言うんです。「俺は双子ものを書いたわけじゃないぞ」って怒られちゃいましたよ」
 笑って言ってるところを見ると、雑務は済んでしまったのだろう。
「ご苦労様。…って言ってると、俺一人だけ仕事して無いみたいですねぇ」
「ほんまやわ。有栖川センセの調子はどうなのよ」
「煮詰まってます」
 即答してやると、片桐があわてたように身を乗り出してきた。
「え、ほんとですか? 大丈夫です?」
「大丈夫やない。───って言ってみたいですねぇ。それこそ藤木先生位になったらちょっとの我が儘通してもらえそうやけど、俺みたいな小心者は怖くて出来ませんよ」
 片桐はほっと息をついたようだ。編集らしい正直な反応だ。
「幸い〆切までは長いしね、ゆっくりやらせてもらいます」
「ねぇねぇ」
 小夜子が何故かひそひそと声をかけてきた
「煮詰まってる、で思い出したけどさ。こんな事考えたこと無い? こうやってさ、物書いてるとさ。何もかも嘘のような気がしてくるの」
「あー、あります。ありますよね」
「そりゃ、私らは努力して「嘘」書いてるわけじゃない。でもさ、少なくともそこに現実性をいれようとするのが私らの仕事なんだけど」
「それすらも、どうしようもなく嘘臭くなるんですよね。で、筆が進まなくなる。社会派に転向する人って、こういう所にいきつくんじゃないかって」
 小夜子はそうそうとうなずいて、大きく安堵の息をはいた。
「私ってもしかしたら変なのかしらと思てたけど、まだ大丈夫なようやね。よかったよかった。一人の作業はこれだからねぇ」
 人と同じ考えでいることを確かめたくなる。その気持ちはよく分かる。
 片桐が不思議そうに頭を傾げている。
「なんか、よく分からないんですけど」
「職業病…というのかもよくわからんけどね。片桐さんも、一人でもくもくと部屋の中で小説かいてごらんなさい。分かるかも知れんよ」
「私は総合的に本を作る方が性に合ってるんです。お話作りなんてとてもとても」
 笑いながら片桐は手を振った。
「あ、それでですね。有栖川さんに話があったんだ。その「気分転換」の」
 顔に疑問符を張り付けて首を傾げてやると、
「うちの所の雑誌で短編の枠があるんですけどね。ちょっとテーマがテーマだからか、あいてるんですよ。やりません?」
「テーマって?」
「ええ。「恋愛」なんですけど」
 思い浮かばなかった単語に私は目を見開く。
「うっわ」
 小夜子が降参とでも言うかのように両手をあげてみせる。
「有栖川さんの「アリス」はそりゃミステリーの中に入るけど、恋愛のあの甘い雰囲気があるじゃないですか。だから、いけると思ったんですけどねぇ」
 片桐はぽりぽりと頭をかいた。
「ミステリーも交えれば、どうかなーと」
「うわ、勘弁して欲しいわ」
 小夜子は言う。
「恋愛ミステリーって、耐えらんないほどどろどろした感情が流れてんだもん。精神歪むっての」
「何の小説だったんですか、それ。でも、大抵推理小説の犯人なんて、まぁ、ちょっと歪んではいても強い恋愛感情抱えてるのが多いですよ? 恋愛ミステリーに限った事じゃないですよ」
 私がそう言ってやると、
「ふむ…そうや、そうやねぇ」
 いまさらながらに納得したように、小夜子はうなずいた。
 片桐はうーんと考え込むように腕を組んだ。
「人を殺したくなる衝動って、恋やら愛やらにある激しさと強さに似てるのかなぁ」
 そう言われて、私はふと、ここにはいない友人のことを思いだした。
「俺は人を殺したいと渇望した」と言っていた、火村のことを。
 理由は今ままでついぞ聞けないままだ。だが、もしかしたらと考えさせられたことはある。いつだったか、こうも言っていた。
「俺だって、胸を掻きむしられるような想いをしたことがあるさ」と。
 そのときもやはり、追求の言葉もかわされてしまったが。
 ぐるぐると頭の中を色々な風景がまわる。
 悪夢を見て飛び起きる火村、容赦のない台詞で相手を追いつめたりする、その冷酷さ。
 まわる赤いランプ。 皮肉気な笑み。
 ───「…犯罪だけが友の孤独な俺とは反対に」
 それから…。
 ───いかん、酔っぱらってるのか、思考に一貫性が無くなってきた。
「我々も殺人鬼の危険性をはらんでいると言うことですか。恋愛感情をまったく持たない、経験しないってことはまずないでしょうから」
「そんなん、恋愛がどうのって言わないまでも、そうやないの」
 小夜子は右手にぶら下げるようにグラスをもち、左手で頬杖をついた。
「人間は理性という枷を持った。持ったから、殺人が禁忌になったに過ぎないんやから」
 理性という枷がはずれれば、むき出しの獣が暴れ出す。
「自分の危険性を省みず、あいつは馬鹿だと言ってるものほど、ばかばかしいこともないね」
 そう言ってほとんど入っていないグラスの氷をからからと回した。
「───で、どうです? 有栖川さん」
「ん、…ん、考えさせて」
 私はこめかみを押さえながら答えた。アルコールに濁った頭でいろいろ考えたせいか、妙に頭痛がした。
「なんか浮かびそうで浮かばなそうやから」
「いいんですよ、気分転換なんだから」
 編集が結構いい加減なことと言ってるが、いいんだろうか、珀友社。
「間に合ったら間に合ったで、短編の枠につっこみ、間に合わないなら間に合わないで次回の原稿としてもらっておく。貯金貯金」
 書いてるこっちの労力は変わらないのだが。(むしろ増える)
「そういえばね、有栖川さん。私さっき、凄い人に会っちゃいました」
 片桐が悪戯っ子のような笑顔を浮かべて言った。
「誰に?」
「火村先生ですよ」
 酒におぼれた脳が一発で起きるような名前だ。小夜子が私に指を突きつける。
「なんや、やっぱり会うつもりやったんか?」
「違いますよ。俺も驚いてるところです」
 こっちに来る予定は聞いてはいなかったが。
「なんか、出張でこっちのなんとかって人に会うって言ってましたよ。こっちは有栖川さんと気分転換です、って言ったら、「せいぜい羽根を延ばして「最新の後悔」を会心の一撃に高めてくれ、と伝えてくれ」って言ってました」
 余計なお世話だ。
「なんや、こっちにお誘いすれば良かったのに。残念やわ」
 小夜子は心底残念そうにため息をついて、店員に向かって空のグラスを出した。
「これ、同じ物」
「ああ、俺も同じ奴」
 私も空のグラスをテーブルのはじに寄せた。店員は慣れた対応で私と彼女のグラスを下げていった。
「朝井さん、火村先生のファンですか」
「そういうことにしてもいいよ。いい男を並べて飲めるなんて最高やないの」
 小夜子が色っぽくうふんと笑うと、片桐はあわてたように頭をかいた。
「ね、私がここに来たように、火村センセもここ来たらおもしろいやろね」
 小夜子が私に同意を求めるようにして首を傾げた。
「そんな偶然も、いいですね」
 そう同意の言葉を返すと、彼女は肩をすくめて、
「もっとも? 三流ドラマじゃあるまいし、そんなあり得る偶然もないやろうけど」
「あり得る偶然?」
「必然的な偶然。仕組まれた出会い」
「ああ、なるほど」
 片桐はうなずいた。
「私が火村先生に会ったのは純然たる偶然ですけど。でも私、ここにいるって言ったんですよ。もし、火村先生がここに来たりなんかしたら、それはあり得る偶然なんですかねぇ。もしかしたら…」
 おお、と小夜子は目を輝かし、「いいことしたねぇ、片桐ちゃん」といい子いい子と片桐の頭を撫でた。
「その偶然はあり得るべきや、ほんまに」
 うんうんとうなずく。私は意地悪っぽく言ってやる。
「いいですね。───賭けますか?」
 小夜子はにやりと笑った。
「火村センセが来るかどうか?」
「人が悪いですね、有栖川さん。でも私、のります。来る方に一枚」
 ぽすん、と何かを出す仕草でテーブルに右手を置く。
「んじゃ、私も」
 小夜子も同じ仕草をしたので、私は苦笑した。
「ここで、俺が来ない、なんて言ったら、友情間にひびが入ります」
「なんや、賭が成立しないやん」
「元からみんな会いたがってるんですから、無理ですよねぇ」
 片桐は笑った。賭が成立しないことを見越しての仕草だったことは明白である。
 ───火村。
 お前がその道を望んだと同じく、また望みさえすれば、「犯罪だけが友」だなどいう事もないのに。
 注文したグラスがことりと置かれて、私はふと思い立って、小夜子が私にしたようにそれを掲げてみせた。
「それでは、一つ」
「ん? 今度は何に?」
 小夜子が言う。
「もちろん、あり得るべき偶然に」
 祈りを込めて。
 3人のグラスがかちりと鳴った。

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