この世で一番綺麗な死 "beautiful death"

Alice Arisugawa fan-fiction.
written by Kai Shiinoya 99' Oct.
「一番綺麗な死に方?」

 物騒な質問に、私はオウム返しに問い返してしまった。
 質問を投げかけてきたのは、他でもない。臨床犯罪学者…というのはとりあえず今は関係なく、私の友人の火村だ。
「なんや、自殺願望の生徒でもいたんか」
 火村は、私の母校でもある英都大の助教授で、犯罪社会学の講座を持つ先生でもある。
「自殺願望、というのとは違うな」
 火村は二つのマグカップを手に、リビングに戻ってきた。
 感心なことに私の分までコーヒーを入れてきてくれたらしい。
 一方のカップを私に突き出す。
 ふわりと渡ってきた香りに、うまそうだと思いながら眉をひそめた。
 ───こいつ、人がとっておいたブルマンをいれてきやがった。
 勝手知る私の家の台所だとはいえ、どうして見つけられるのだか。
 火村はコーヒーを───当然うまそうに───飲みながらソファに座り込み、思い出そうとするように天井を見ながら言った。
「どうせ死ぬなら───殺されるなら、でもいいぜ───綺麗に死にたいんだそうだ」
「ふん…じゃあ、老衰なんてのは、以ての外なんやろうな」
「未練がましくずるずると生きるよりは、まだ綺麗なうちにぽっくりと逝きたいとさ。聞いてみると、だいたいそれは40代ぐらいかな」
「人生の半分やないか」
「生きたい、けれど、美しいままで死にたい。という愚かしい葛藤が見えるだろ? ま、妥協点だな」
 そんな火村の言い回しがあったからもだが、私はぴんときた。
「ははぁ。そういう事をいうのは、女やな」
 火村はのどの奥で笑った。
「正解。女ほど、美に対する執着が強いものはないからな。
 処女の生き血を湯船に満たして自らの体を浸し、美を長らえさせようとした女の話は、異常な伝説だとしてもだ。フランスの貴族の歴史をみろ。絢爛で美しいドレスのためなら、女は自分の体を拷問のようなコルセットで締め上げ、病的なまでの腰の細さを張り合った。それが当時、美の基準のひとつだったからだ。
 今だって女は肌の美しさを持続させるために、顔の皮一枚剥ぐぞ。古いものを捨て去り、新しい皮を生成させるんだそうだ」
 なかなか壮絶だ。
「老いを止めることが出来ないということが、執着に拍車をかける。理解できないわけじゃないが、不自然に美しくあることが本当に美しいことなのかどうか、考えさせられるな。───…話がずれたな」
 火村は一口コーヒーを流し込んで、私に向かって手を差し出した。
「そういうことだ、せんせ。その豊かな想像力を働かせて、美しい死に方、というのをご教授願いたいんですがね」
「…なんや、お前の宿題だったんか? それ」
「生憎と俺は醜悪な死しか見たことがなかったんでね」
 肩をすくめて火村は言った。
「ただ単に「死に方」をあげるなら何十項目かあげることはできるさ。それを美しいと言えるかどうかははなはだあやしい。
 だいたい、綺麗な殺され方って何だと思う?
「殺された」死というものほど醜悪だ。一瞬にして絶命できるような殺され方なんて、そうそうないんだぜ? 大抵は死ぬほどの───死んでいくのだから当たり前だが───苦痛と「生の世界」から追い出される恐怖に苦しみもがく。にっこり笑っていきたいなら、痛覚を無くさにゃ無理だ」
「…設定に無理があるやろ」
 私は、カップの取っ手を手持ちぶさたに撫でながら答えた。
「「殺される」というのは自分ではない誰かがいるということや」
「当然だな」
「自分を殺そうとする人間が、や。自分の知ってる奴だとしても、「殺される」という状況において笑える神経は持てんと思うぞ」
「…ふむ」
 火村は、考えるときの癖で、唇を撫でた。
「例えば、笑えるとしたら?」
「自ら殺されることを望んでいる時、か。…じゃあ心中とか、か?」
 どうせ死ぬのなら、愛する者の手で殺されたい。
 ばかばかしい感傷だと思う。それは愛する者に余計な罪を残していくだけだ。
「「どうせ死ぬのなら」というは、あれだな。もうすでに死が確定してしまっているニュアンスがある。病気かよ」
 だんだんおかしな方向になってきたな。
 私はため息をついて言った。
「じゃあ、こうなるんやな?
「私」は不治の病ですでに末期の苦しみの中にいる。痛みを除去する手術を受け、後は死ぬのを待つばかりだ。
 だが、このまま無駄に死んでいきたくはない。
 どうせ死ぬのなら、愛する人の胸の中、腕の中で死にたい。
 だから、「私」を「お前」の手で殺してくれ、と頼む。
 すでにこの身は痛みを感じない。
 笑って死んでいけるだろう。
 ───「美しさ」とやらを演出するためになおも万全を期そうか?
 場所は雪山や。二人以外に誰もいない。ふりつもる雪の上に二人は向かい合って立っている。聞こえる者は吹きすさぶ風の音と、愛する人の声。
 間違いなく致命傷となるように銃でも用意しよう。
 心臓を撃ち抜こうとした愛する人の手は震えて、一発目は僅かにずれて腕をかすめていく。
「私」は銃ごと愛する人の手を握りしめて、今度こそ狙いをはずさないように頼む。
 心臓が今までにない衝撃に悲鳴をあげる。
 それを感じたら、「私」は笑って「有り難う」と言ってやろう。
 汚れのない真白のなかに滲んでいく赤。それもやがて吹きすさぶ雪の中に沈んでいく。
 雪山遭難特有のまどろむような感覚を抱えて、「私」は二度と目覚めない眠りにつく。
 ───雪山やから冷凍保存や。半永久的に「私」は美しいままでいられる。
 どうや?」
 投げやりに言うと、
 火村はマグカップをテーブルに置いて、わざとらしく拍手をした。
「どこから銃を持ち出すんだ、とか、痛覚とられなきゃならんような末期の病持ちの病人が雪山まで出かけられるか、は別として、見事な展開だ」
「アホか」
 私は吐き捨てた。
「別にしなくたって、単なるお涙ちょうだいのドラマやないか」
「そうだな」
 即答で肯定して、火村は腕を組んで天井を見上げた。
「その通りだ。もしかしたら、無理でもないかもしれないが、それでは様々な制約が付いてまわる」
 息をついて、火村は言った。
「そうなんだよ。見目に綺麗な死など存在しない。まして、「殺された」死ともなりゃなおさらだ。それはいつでも悪意と謎に満ちた醜悪な泥にまみれている」
 泥とはなんだ、と質問するほど、私はバカではないつもりだ。
 もちろん、それを100%同じだとは言わないし、説明しろと言われると、困るが。
「そうだとしたら…お前は「美しい死」とやらをどう考えてるんや?」
 煮詰まった私は火村の答えを促してみた。
「「死」につきまとったその泥を少しでも拭い去ることだ。それが出来れば、その汚された死は、まっさらな「死」に変化する」
 殺された「死」には様々な意味を含んでいる。
 それを払拭する、ということか?
「「死」を無意味なものに帰してやろうと?」
「違うな。言葉を使い間違えるなよ。ただ、「死」という現象に落ち着かせようとしているんだ。それには意味も無意味もない───「無垢」だ。何より、綺麗な「死」だと思うがな」
 なかなかおもしろい話だ。
「無垢な死」という言葉があるなら、それこそ何より美しい現象だろう。
 ───だが、これは私にだって言える。
「…夢だな」
 私が言うと、火村はうなずいた。
「そうだ」
 あきらめでも何でもない。ただ事実を受け止める、しっかりとした肯定だった。
「夢だからこそ、あがいても無様じゃねぇんだ。そのまっさらな───無垢な死に戻してやろうとする、その行為はな。
 だが、自らが無垢な死に回帰する、させることは、この体をもしばしば凌駕する激情が、許してはくれないだろう。感情という化け物を抱えている限り、人であるこの身には、それは夢なんだ」
 私も、無垢な死という現象を受け入れられそうもない。
 そう割り切れるほどに、取り巻く世界から断絶した生活を送っているわけではないからだ。「死」という現象を受け入れられるほど強くはなく、ましてその「死」が長くつきあっている知人の身に起きたとしたら?
「死」は意味あるものに変わる。
 無垢な死はすでに、私には───私達には、当てはまらないのだ。
  
「…困った」
 眉をひそめて、火村が言った。同感とばかりに、私もうなずいてやる。
「そうやな。───「美しい死」の答えが無くなっとる」
「それじゃあ宿題が終わらねぇじゃねぇか」
 私は笑ってしまった。
「君の愛しき生徒達に、一発レポートでも書かせてみたらどうや? 結構おもしろい答えが返ってきそうやぞ」
「そうだな。俺ばかり悩んでるのも癪だ」
 すっかり冷めてしまったコーヒーを飲み干して、火村はカップを私に向かって掲げて見せた。
「飲むか?」
「入れてもらえるんやったら、ありがたく」
 すでに空になってるカップを差し出すと、火村はそれを受け取って、ふと思い立ったように言った。
「アリス。お前は?」
「ん?」
「お前は、どう考える?」
 私は肩をすくめてため息をついた。
 私がうまい答えを見つけらないでいたことを、察してくれてもいいだろうに。
「俺は「死」に対して、自分が強いとは思っちゃいない。さっきの話を聞いてても思った。感傷的になって、たぶん、考えただけでどつぼにはまるやろうよ。例えば自分が死んだとき。誰でもいい、本気で俺のために泣いてくれるか? とか、余計なことまで考えて、アホらしいほど落ち込んだりな。そんな奴が「美しい死」なんて論じられると思うか?」
 言いながら、私はつい考えてしまった。
 突然なぜ、火村が美しい死だなんだと、そんな話をしはじめたか、だ。
「生きている今に、それを考えることはただ辛いことや。だから、…それは死んだあとに自分がそうだったと納得できればいいさ。そう考える意識があるとすれば、やけどな。───火村」
 火村は何だというように、私に視線を向けた。
「お前、死ぬんやないぞ」
 火村は片眉をそびやかした。
「…なんだ、突然」
「言ったやろうが。「無垢な死」があり得ないという話は、俺も同感や。俺には理性的に現象を見つめることは出来そうもない。恨み言をぶつける相手もいなくなる。言葉をかけても相手からは何も返ってこない。死はあまりにも絶望的なむなしさを呼ぶ。例えばそれがお前だって同じや。お前がもし、今度会った時に棺桶の中で目ぇ閉じてたら…」
 火村は、無言になった。
 私は、なんとつなげたらいいのか解らなくなった。やはり、今そんなことを考えたくない、という気持ちが働く。
 想像でだってごめんだ。無垢な死など、私には夢のような話だ。
「…許さへんからな」
 ようよう呟いた、さっきの台詞に繋げるにはあまりにもしまりのない言葉に、火村は笑った。
 笑ったが、分かっていたのだろう。
「俺もお前も、「無垢な死」は永遠の夢のようだな」
 カップを掲げて、───誓うように、
「肝に銘じておくよ、先生」
 最後の「先生」は物書きにしてはあまりにも情けない言葉を吐いてしまった私への挑戦だ。
 舌打ちしたくなったが、今更だ。
 その代わりに嘆息して、台所に消えていく友人の背中を見た。
 2杯目のコーヒーをわざわざ入れてきてくれようとしてることだし、自分の技量は自覚しているから、今回は甘んじておこう。

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